こんなことを考えた

篁あろんは日々こんな感じのことを考えていたのです。


2000/09/29 前の日記の前と後

 (つづき)
 厚顔無恥な M$ の手先 Win98 との死闘が今始まった!
 そこに突如現れる謎の OS FreeBSD !
 はたして彼は敵か!味方か!?
 そして、俺はこの闘いに勝利できるのか?

 そんなわけで前の日記では Win98 のインストール作業だったわけだが、実はこれより前に NT4 を入れようとして失敗していた。5回ぐらい。
 インストールをしていて、Disk #3 を入れてくださいと言われたのでこっちがその指示に従ってやると、どういうわけだか「エンドユーザライセンス契約がありません」とか言われてインストールが続けられなくなってしまった。
 ディスクが壊れたのか M$ の謀略なのか知らんがいったいどういう了見じゃいワレ。
 仕方ないので諦めて前回の Win98 インストール記となった。今度は 2000 にでもするかな…

 そして昨日と今日は FreeBSD と鍔迫り合い。
 インストール作業も設定も何の苦も無く進む。嗚呼、安定してる OS ってやっぱり素晴らしいわ! (はぁと) とちょっとアッチの世界にイってしまいそうになる。
 、問題はここからだった。
 Win98 と FreeBSD との共存であると思い BootManager を苦労して入れたにも拘らず FreeBSD を BootManager のメニューに登録できないのだった。
 何故か画面には Win98 の名前しか出てこない。「そんなはずは無いぃぃ!」と、何度か [メニューに登録→再起動] を繰り返していたところ、ついにどうにかなったらしく「ぴー」で「画面ぐちゃぐちゃ」なのだった…
 またしてもどうしようもないので FDISK で Win98 をアクティブにしてから、ちょっと考えた末 FreeBSD を再インストール。結局 BootManager を諦めて FreeBSD のオマケの BootMgr から OS の切り替えをすることにする。

 こうして数日間の苦労の末出来上がったのは、いささか動きの不安定な Win98 と、まだまだ勉強中の FreeBSD と、そしてハードディスクの先頭にポッカリ空いた 16MB の無意味な領域だった。


2000/09/27 「くゎ」は kuwa ではなく kwa

 疲れた…
 うちの Win98 がどうも調子が悪くなってきたようなのでそろそろ潮時かと思いこの数日間マシンの環境再構築をしていた。
 していたのだが、どうもこれがどうしようもなく上手くいかず、今日現在未だ完全復旧はしていないのである。
 どのような経緯を辿ったかというと、

  1. 取り敢えずマザーがどうもイヤな感じなので入れ替えようと思う。
  2. 入れ替えてインストールをするのだがどうもおかしいので散々設定を変えてやってみるが上手くいかずまた元に戻してみる。
  3. 元のマザーでもやっぱりおかしいのでまた入れ替えてみる。
  4. 原因がよくわからないのでさらにもう一回マザーを入れ替える。
  5. やっぱりおかしいのでまた戻す。
  6. 戻してもおかしいのなら仕方がないのでまた入れ替え。
  7. と、ここで原因に気づく。
  8. やっとインストール開始。
  9. カードの認識でコケる。
  10. やり直し。
  11. コケる。
  12. やり直し。
  13. あそうだ、カードを抜いて作業すればよかったんだった。
  14. やり直し。
  15. よしよし、では Pertition Magic を入れて BootManager を…
  16. 入らない。(先頭から 1024 シリンダ以内でないと駄目だって。がび〜ん (T_T) )
  17. 泣く泣く FDISK …
  18. DOS から BootManager を入れる。
  19. Win98 のインストール、もう一回やり直し。
  20. 入ったものの画面表示がおかしい。(原因は Rev IV だったようだ)
  21. 仕方がないので古いドライバにする。
  22. LAN カードを差してドライバを入れる。
  23. コケる。
  24. やり直し。
  25. for (i = 0; i < 3; i++) {
  26.   コケる。
  27.   カードを別のスロットに差し直してやり直し。
  28. }
  29. 結局動かないので別のカードに差し替え。
  30. サウンドカードを差してドライバを入れる。
  31. for (i = 0; i < 3; i++) {
  32.   コケる。
  33.   カードを別のスロットに差し直してやり直し。
  34. }
  35. 何とか動く。
  36. どうも画面表示がいくらやってもおかしいままなので、仕方なくもとの ELSA Eraser III に戻す。(くそー、くやしい)
  37. ネット関係とかエディタとかを最低限整備。
  38. なんとか動いて現在に至る。

 どうもここに書いてる以上にインストールをしたような気もするけど、あんまり思い出したくないのでこんなもんだと思いたい。
 これでだいたい4日ぐらいかな。
 しかし、たぶん年末までにマザーと VGA は再入れ替えになりそう。あ〜ぁ。


2000/09/22 フェイク

 今日はある人と約束をしていたのでデート。(はぁと)

 ...まぁそんなわけで↑その人とちょっと日本橋とラーメンの一日を過ごしたわけだが、この人は日記を読むより本人と話す方がよっぽど頭が悪く、いや違うな頭がおかしくなるようなことを言ってくれるので「そろそろサラリーマンも限界だぞ」「ちょっとは休めよ」と優しく諭してやった。
 心の中で。
 しかしあんまり休むのも良くないからな。適度に休憩して充電したらまた戻ってきなさい。うんうん。
 なんせ休みすぎるとちょっとおかしくなるからな。
 あ、それは俺のことだった。


2000/09/17 五輪を見てイツワと読んだ人

 なんかすっかり世間はオリンピックですが、全く興味のないわたしのような人間にはテレビ番組の予定が狂って非常に嫌な季節です。
 そんなわけでオリンピック特集。

 オリンピックといっても見ていて全然楽しくないんですよねぇ。って言うか見て楽しい人の気持ちがよく解らない。普段全く見たこともない様な水泳とかトライアスロンとかの競技で、全く見たこと無い人が頑張ってるのを見て楽しめるという平和な精神構造にはなれないんですよ、わたしは。もちろんこういう競技が大好きなのだがテレビで放送される機会がとっても少なくて日頃から欲求不満で、オリンピックは数少ないチャンスだとか言う人は良いと思うんですが。
 因みにわたしは、同じ理由で高校野球の応援をする人の気もよく解りません。

 メダルの数はそんなに重要なんでしょうか?
 そもそも、参加競技数とか参加人数が国によって違うわけで、そんな状態で「何処の国よりは多い」とか「前回と比べて差がいくつ有った」とか言うことにどういう意味が有るんでしょう。
 どうせやるなら対人口比でメダルは国民10万人あたり 1.3 個でした、世界で3番目に多いです、とか言ってくれたらおもしろいんですが。

 金メダル第一号は田村亮子 (字合ってるかな?) だそうですが、たまたま見てました。なんやかや言っても格闘技で技がきまると美しいと思います。
 ところで田村のことを YAWARA ちゃんとのたまうマスコミは浦沢直樹に許可は取ったんでしょうか。
 なんかこのまま行くとドカベンと香川みたいに YAWARA は田村がモデルだとか勘違いするお子さまが出てきそうでなんかイヤ。


2000/09/15 10000

 今日は京都にラーメンツアー。
 っと、その前に久しぶりに日本橋へ行ってちょっと調べものをした。はっぴぃちゃんに触発されたわけではないのだが、前から気になっていた Palm 関連が欲しくなって価格調査をしに。
 しかし何処の店に行っても定価販売だったんで結局はパンフを貰うだけだった。
 でも実物を触ってみないと解らないボタンの感触やら重さやらは何となく解ったのでそのへんは良かった。やっぱりこういうのは有ると便利そうで良いなぁ。しかし決して触発されたわけではない。
 問題はメモリの容量と、拡張がどの程度出来るかだな。これはちゃんと調べよう。もちろん触発ではない。


 そんなわけで、いつの間にやらカウンタが 10,000 を超えていたにも関わらず相変わらずなんにも変化のないうちのサイトですが、変化をつける気もあんまり無いのでこのままでしょう。たぶん。
 そんなうちのサイトでも、10,000 回も見られたということでなにかおもしろいものをということで元知り合いから CG を貰ったので飾りました。手書きのを取り込んだそうで、某鼻血漫画家の絵をコピーしたわけではありません。って言うかたまたまちょっと似た絵を元知り合いが描くのであって、某アランジアロンゾやら某木城ゆきと (銃夢) やら某久保帯人 (ゾンビパウダー) みたいに了見の狭いことを言ってはいけません。


2000/09/14

 今日、ちょっと晩御飯のためにオイスターソースを探そうと思って床下収納をひっくり返していましたところ、入ってる缶詰および瓶のドレッシングが全て賞味期限切れで、いったいこの収納は今まで何のためにこの空間を占拠していたんだろうかとちょっと嫌な感じになったりしましたが、ご飯は美味しくいただけたのでまぁいいでしょう。
 しかし賞味期限 59 年ってどうゆうこと?


2000/09/11 雨降って地すべり

 今日はちょっと外出しましたよ。久しぶりに。(^^;
 ちょっとコンピュータ関連とかで資料を探すのに本屋へ行くのと、CD を探すためにディスクピアへ行こうということで梅田に出たんですが、ディスクピアは閉まってやがりましてシオシオのパァって感じ。
 結局本の方も、コンピュータ関連書はアクティブディレクトリの本を買おうかどうか悩んだ末に今回はパス。コミックを一冊買っただけで、ラーメンを食って帰ってきました。
 ちょっと不毛な一日でした。

 そんなわけで、帰ってから晩御飯を食べていましたが、ちりめんじゃこを食べていたら中に小さい蟹の様な物が入っていました。
 ちりめんじゃこなのに蟹が!異物混入です!今流行りの!
 早速消費者センターに電話しようと思います。


2000/09/09 帰ってきたヨッパライ

 何故か弟が突然焼き肉を喰いたいとか言い出したので焼き肉屋へ行く羽目に。
 焼き肉といえば、ヨーデル食べ放題はご存知ですかな? まぁ、知らずとも命に別状はないので大丈夫ですよ。ほらお父さんお医者様もただの胃潰瘍だって仰ってるじゃないのいやこの痛みは癌なんだ俺のオヤジもオフクロもみんな癌で死んだんだ俺もきっと癌なんだ癌で死ぬんだ。おっと、意識が飛んでた。
 つまりそういうわけでお酒を飲んで帰ってきたわけです。
 つまりわたしは、今眠いのです。
 そんなわけけけけでそろそろ寝たいと重いなす。
 でわおやす                    みな                                        さ      い   。


2000/09/06 はっぴぃさん変態

 相変わらず部屋の掃除をして一日を過ごす。
 掃除といっても実際は本の整理である。コミックスが増えすぎたので、整理して本棚に少しでも余裕を持たせようと一所懸命整頓し、そして読んでいくのである。
 本を移動させているとき、つい手を滑らせてうっかり本を落としてしまいばらばらとページが開いた。と思ったら周りの景色が歪んできて、更に目の前が一瞬真っ白になり、暫くして気が付くとそこは民家の居間であった。
 目の前にいる女性がしきりに登城せよと言うのであまり乗り気ではなかったが押し切られて城へ向かう。なぜか知らないが王との謁見がセッティングされていて、そこでまた自分で王様と名乗るこのじじいからしきりに魔物を退治せよと命令される。俺は命令されるのが嫌いなので断っていたのだが、何度断ってもあまりにしつこく同じ事ばかり言うので根負けして引き受けてしまった。
 おいおい、じじい、これだけ懇願しておいて俺にくれるのはこのはした金か?こんなもの棒きれとぺらぺらの防具ぐらいしか買えんぞ。これで殺れってか。むちゃくちゃ言いやがる。
 まぁ引き受けた以上俺も男だ最後までやってやろうと勢い込んで突っ走ったはいいが、なんか歩いてるだけで突然異形の怪物が現れてあまつさえ逃げようとして後ろを向いたらさっきまで前にいたはずの怪物がそこにいたり、ちょっとした泥だこんなものは田圃で慣れてるから大丈夫と踏み込んだらバシッという音とともに辺りが一瞬赤くなり何故か気怠くてしょうがなくなったり、彷徨い歩いてやっと見つけた町に駆け込もうとしたら石の化け物が出てきて踏みつぶされそうになったり、と酷い目にあった。じじいから貰ったたったこれだけの銭で命を懸けてまでやることでは絶対にない。
 それでも何とか目的地と思しきところへ辿り着いた。じじいが困ってただけのことはある。大仰な建築物がそこにあった。
 勘を頼りに突き進んでいくと、まさにあやしい雰囲気丸出しのおっさんが居た。ふん、あれがじじいの言ってたヤツか。さっさと殺してやる、と思ってつかつかと目の前へ歩いてやると怪物がぶつぶつと話しかけてくる。「なに、世界の半分を俺に!?」おうなんていいヤツだ。こんなけちくさいじじいの支配した世界なんぞたたき壊して俺様のものにしてくれる。そして世界の半分は俺のもの。世界の半分は女だ。俺様は女だけいただく。げははは。

 ゲームオーバー。67Pへ戻る。


2000/09/05 解る人の少ない話

 昨今すっかりアッチコッチで「サムイ」と評判の名探偵コナンの新 OP を見た。
 おお、これは噂に違わぬ寒さだ。なにが寒いって、コナンの下手なパラパラも寒いが動画枚数の少なさには参った。
 だいたい5〜6パターンの手の動きかと思うが、それが延々繰り返されるだけであとはちょっとカットが変わっただけの同じ動画の使い回しというのは、OP 変更前からあれだけ宣伝等していたのを考えると情けない出来だ。
 構成もなんかちょっと古いし。なんか南家こうじみたい。


 金田一が終わって犬夜叉が始まるが、高橋留美子原作ということで作監は中嶋かと思っていたのだがなんか違うみたいですな。
 ところで番宣に出てくる矢を放とうとしている巫女さんのような女の人は、らぶひなとかいうのの袴の人に似てる。


2000/09/01 綺麗

 今日は夕日がとても綺麗だった。
 と、自分で言ってみてちょっと恥ずかしいが、やはり幻想的だと思う。
 たとえどれほど技術が発達してもあの美しさは写真では再現はできない。自らの瞳で見たものは直接心に留まる。
 なぜこんなことを書いているかと言えば、夕焼けを見るなんて言う行為を久しく忘れていたからだ。もし眼に入ることがあっても、それは夕日が「見えた」のであって夕焼けを「見ていた」わけではなかった。
 いつぐらいかな、中学生の時には学校帰りに夕焼け空が綺麗で立ち止まって見ていたこともあったと思う。
 高校生の時にはどうだったか。あんまり憶えていない。
 専門学校に行っているとき、教室から曇り空を見上げたり夕焼け空を見たりした。
 社会人になって… そもそも夕日の見えるような時刻に帰った覚えがあまりないが、夕焼けを見上げるくらいなら寝たいと思っていたような気がする。夕焼けを見るよりぼーっとしていられたら幸せだと思っていたような気がする。
 考えてみると中学では悩み無く生活していたし専門学校でも楽しく毎日好きなことをしていた。高校や会社ではなにか楽しい事があっただろうか。
 夕焼けを見て綺麗だと思えるとき、それは心に余裕があるときだ。
 心に余裕がないとき、夕焼け空はただの赤い空なのだ。

 まぁこれも定収を得ることとのトレードオフなんですかね… うーん、恥ずかしい (^^;


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